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リレーブログ

文学部一年の藤田聖羅です。来年度の早稲田囲碁会を率いていくであろう田中君、癸生川君に続いて三番手を任されて内心ビクビクです。ひとまず、流れに沿って囲碁歴について書いていきます。

私が囲碁を始めたのは割と早く保育園児のころ、父の影響でした。始めたといってもせいぜい石取りゲームでそこそこ本格的に始めたのが小学校にあがるちょっと前。父に教わっていると喧嘩になり始めてきたのが原因で地元の碁会所に通い始めました。最初はいやいや、帰りに買ってもらえたアイスを目当てに週1通っていましたがヒトケタ級までは何事もなく伸び、親の囲碁仲間に交じって打つときには煽てられ、調子に乗って短冊に「じゅりょうきしになりたい」とか書いたりする始末でした。(そりゃ、なれないわ)
しかし、教室ではないので講義や宿題もなし、かといって自分で勉強もしないナマケモノはやっとこさ5年もかけて初段になりました。(先日、教室でこの話をしたらほかのアシスタントの人にかなりガチなトーンと真顔で「それはヤバイ」と言われたほどのろのろ)
通っていた碁会所が割と有名なところで、不勉強な私はどんどん取り残され、中学入学を口実に通うのを止めました。ヒカ碁ブームの下火を感じていた当時、中学には囲碁部は無く、地元で囲碁部が有名な公立高校に熱烈アピールをするも見事に振られ、受かった私立の高校では(囲碁)将棋部の幽霊部員でした。こうやって見ると、三つ子の魂百までもというのか、不勉強ではあるもけど囲碁のことが嫌いなわけではなくどっちかというと好きなのではないか(囲碁界あるあるツンデレ?)と思い、大学受験では一念発起。今までやってこなかった分、大学ではやろう、どうせやるなら早稲田でしょ!とあるいみ安直に志望校決めをしました。受験は志望校に対する愛の告白と一緒と聞いたことがありますが、一途は高校受験で苦い思い出があるので今回は五股かけてなんとかOKをもらいました。思うにこの時からチャラかった。
そして念願の早稲田囲碁会。そこでまず教わったのは手筋でも定石でも死活でもなんでもなく、「ゼンツ、発狂、仕上がった」等々の囲碁界用語。あれ、こんなはずじゃ…(笑)肝心の囲碁のほうはというと、入ってはじめに「はい、1女同士で打ってみて」といきなり某全国4位と打たされ、相手のミスもあって何故か勝ったり、運が重なり女子部のレギュラーや女学出場。あれ、私意外といけるんじゃないの?と調子に乗っては方々で仕上がる始末です。
有名人の癸生川君に有名人と煽られるのはまことに恐縮ですが、しあがーるなおかげである程度名前を覚えられてきているようです。丁寧に教えてくれる先輩や同期、切磋琢磨できる相手がいて囲碁をやるうえではこれ以上ないほどの環境に身を置けているので、今後は囲碁のほうでも覚えてもらえるよう頑張ります。

お次は、1女の生き残りと目されていたものの、夏合宿で急激に格を上げたらしい史ちゃんにバトンを任せます。(囲碁界の中村姓はお察し)

ではでは、史ちゃんよろしく(・ω・)ノ
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